2008年09月06日

誰も悪くはない

この後頭部の猫さんは・・・nekoyaro376.JPG


涼しくなってくると、掛け布団の厚みを増さなければならず、私は『はぁ~っ』とため息を漏らす。
タオルケットでは起こらないのに、肌布団に変えたとたん、誰かが粗相をしてしまったようだ。

明け方の薄暗い部屋、そこへもって脳内環境もまだ薄暗く醒めてはいない。
当然犯人の姿も確認することは出来ず、洗濯機をぐるぐると回すことしか出来ない自分。
昨年同様の犯人であれば、漆黒の影武者シャア坊がその候補にあがる。
しかし目撃情報も乏しく、頼りになるのは朝5時におきる連れ合いのみだ。
その連れ合いから、今朝がた犯人らしきを目撃したと報告があった。

『あのね、ポンがね犯人だよ』と自信ありげに言うので、私はそんなことはありえないと反論に出た。

『ホンマに見たの?しゃがんで放ってるところを見たの?ポンがそんなことするなんて考えられへんよ』

『え。う。ん~。。そう言われるとゾラかもしれない…』

『あ。いやいやあのね。そういうことじゃなくて。カキカキしてるだけということもあり得るやろ。特にポンとゾラは匂いに神経質なところあるからさ。』

『そういわれるとお手上げだね、僕の目撃情報は全く意味をなさなくなる』・・・軽く逆ギレ

朝食前の運動は、猫たちにとって『人間を起こす』という儀式のようなものであり、その儀式の中に粗相も含まれている。
その時間帯以外は、きっちりしっかりと犯人は猫トイレを使うのだ。
よくよく考えてみれば、我々が早く起きればこんな苦労をせずに済むのだが、理論と理想とライフスタイルが一致するわけがない。

『考えてもごらんよ。4時半に目が覚めて、辺りが暗かったらさぁ、ニンゲンって寝るべきでしょ、普通』

おっしゃるとおりですが、猫の胃袋にその思いが届くことは永遠にないでしょう・・・


アピール丸出しのゾラさまでした・・・nekoyaro377.JPG

2008年09月03日

た・し・な・み

ポンたんのたしなみ・・・nekoyaro374.JPG


社の慰労会があり、仕事を終えて酒場へ向かう。実に胸躍る。
さてここで、問題が生じる。それは服装の一件だ。

業務中は、社より与えられた制服を着ているのだけれど、これがいかんせん地味であり、こんなものを着て街中を歩けば、『今日~ですべてが終わるサっ、今日ですべてがむくわれるっ』と、歌わざるを得なくなる。
だからといって張り切ってめかし込む歳でもない。
だからといって上下ジャージが許される歳でもない。
ジャージが御洒落にみえるのは、20代までの話だ。
上下スウェット&ルイヴィトン&雪隠下駄といった、絶望的なアンバランスも着こなせるのが若さなのだろう。
これを私がやってしまうと、真実真正なるホームレスにしか見えないのだから、神様の妥当術には頭があがらない。
そんなこんなでぐるぐると思考しながら、パリッキリッだらっぼろっの中間あたりを選んで店に着いた。

衝撃であった。
10代のヤングが上下スウェットを、後光が射すように見事に着こなしていた。
しかし彼女はこう言った。

『あれ?滝に行くんじゃなかったんですか?』

そう・・・滝だけれども・・・名前は滝だけれども・・・店の名前は養老の滝だけれども・・・

彼女の持つ光は、もはや私が失ってしまった手の届かない宝物のような気がした。
ノンアルコールでハイテンションになれる彼女がうらやましく、私はお猪口をぐいぐいぐいっと滝の淵に沈めた。

綺麗好きでも、よごし好き・・・nekoyaro375.JPG

2008年08月21日

懐かしの懐

兄のやること、右に倣う。上がゾラ、下がポン・・・nekoyaro373.JPG


私が子供の頃、お給料というものは真にありがたいもので、なぜかというと父の会社はニコニコ現金支給であったため、給料日の夕方には分厚い茶封筒をふところに忍ばせて帰宅した。
当然、それは父の汗水が変化したものであり、帰宅途中に聖徳太子が数枚無くなったとしても、誰も咎める者はいない。
だが父はけっして、糊づけしてあるその封筒を開けなかった。

母が恐妻というわけではない。おそらく性分なのであろう。
その封筒の中身だが、ものすごく分厚い時があって、父はこんなに働いて大丈夫なのかと、子供ながらに不安にかられた。
後に母にそのことを尋ねると、『明細の通りに金額はあっているが、すべて1000円札だったこともある』といった答が返ってきた。

また、母はこれを模範とし、パンパンに膨らんだお年玉袋を私と弟に毎年渡すようになった。
もちろん中身は500円札×6枚=3000円である。
嬉しいような、悲しいような、そんな額面と厚みであったけれども、お金の魔力というものは恐ろしく、我々兄弟は心をふるわせて喜んだものだ。

親のやることは右に倣えと昔からあるように、私はいまもなお母のやり方を真似ている。
必要な生活費はすべて1000円札に変えて、抽斗にしまってある。
これを使う分だけ財布に入れて、連れ合いは職場へむかう。

『最近、一万円ってみてないけど、まだ福沢諭吉なのかなぁ』

なんてな質問を、連れ合いから頂戴することがあるが、早々変わることはないだろう。
日本の首相じゃあるまいし。

2008年08月16日

煩悩詰め合わせギフト

お盆に帰郷・・・nekoyaro371.JPG


義務教育の間の夏休みは毎年、母の祖母が暮らす鹿児島に帰郷していた。
歩いて数10分のところに海水浴場があり、すぐ裏手には小川が流れている。
昆虫・爬虫類・都会では見ることの無い害虫など、子供の好奇心をくすぐるものが毎日現れる。

当然、虫カゴは捕まえたバッタが、手水場にはオタマジャクシが、ラッシュ時の山手線のごとくひしめく。
母はそれをみるといつもヒステリックに怒り、絵日記をつけたら自然に戻すようにと、般若のような顔をしていたのを覚えている。

祖母の家では13日から15日のあいだは、お盆の為の盛大なイベントを執り行う。
納戸から提灯やら布やらを引っ張りだし、床の間のある16畳の部屋は、まるでバリ島の祭りのように艶やかに装飾される。
仏壇の前にはだだっぴろい机が置かれ、その上には仏様用の御膳がずらりと並ぶ。
コビト専用の器、或いはままごと?そんな風に眺めていると、母親が忙しそうにしつつ、そのコビト専用の皿に料理を少しづつ盛ってゆく。
シェフのおススメ『森の小人たちのササヤキ』そんな風に値段をつけたくなるようなボリュームであった。

人間のご飯はというと、その三日間は精進料理を貫きとおさなければならない。
これは食べざかり、あるいは働き盛りの子供や男衆にとっては辛いことだ。
初日、二日目まではなんとか我慢できたが、流石に三日目の昼になると父親がそわそわし始める。

『ちょっと、車で子供たちをドライブに連れていくね』

なんて言いながら私と弟を乗せて、父はなるべく集落の人がこないようなラーメン屋に入り、黒豚豚骨ラーメンを注文した。
非常に厳格な父のすることに間違いはなかろうと、我々兄弟も同じものを頼み、久々の畜肉をほおばる。
帰り道に父がハンドルを回転させながらこう言った。

『このことは、おかあさんには内緒だからね』

が~~ん。脳内の煩悩の鐘が、俗物と合流する音を聞いたのは確かな記憶だ。

今年のお盆は連れ合い宅でお寿司をほおばり、そんな昔を思い出しながら、額の汗をぬぐった。


お盆に手をあわせる・・・nekoyaro372.JPG

2008年08月10日

ヒットカレー

最近はよく飛びます・・・ゾラさんnekoyaro370.JPG

『夏といえばカレーです』 或いは 『おせちに飽きたらカレーです』、こんな文句を一度ならず二度以上、耳にしたことがある。
マンネリ化した舌、胃腸に刺激を与えるためだけに存在しているような意味にも、取れなくはない。
数十種類以上のスパイスの中には、辛いだけではなく、甘味や香りで胃を奮い立たせるハーブも混ざっている。
安中散の構成成分といってもおかしくはない。
実際、一味足りないといっては、胃薬をふりかける人もいるらしい。

拙宅のカレーは大抵、連れ合いが調理する。
ジャガイモ嫌いの私のために、ミニマムに刻んでくれるあたり、只者ではない。
ルーを入れる前に、アクは必ずすくえだの、鶏肉は塩コショウで焼く下準備をはずすなだのと、誰かに口うるさく教育されたため、彼の作るカレーは美味しい。

その作る量がいつも半端なく、2人で食べ切るためには気の遠くなる時間を費やすかのように、波々とカレーが笑っている。

なぜこのような量をつくるのか?猫の頭数もいれているのか?もしくはアホなのか?それともとうとうアレになってしまったのか?
そんなことを思いつつも、いつものように黙々と箸を動かしていると、ボソリ。

『こんなにたくさんつくったのはねぇ、明日はカレーうどんが食べたいからなんだヨ。』

アホ、あるいはアレになっていなくて本当に良かったと、ハト胸をなでおろす。
連れ合いはうどん派ではないし、どちらかというと蕎麦派である。
しかし、少し前に残り物のカレーを出汁でのばし、かつお風味のカレーうどんを出したところ、どうやら彼はハマってしまったらしい。

このぼくが作ったカレーは、いわば前座であってドリフ的なものだけど、キミのつくるカレーうどんこそ、ビートルズなのだから、よろしくね。

と、そんなことは一言たりとも発していないが、カレーが三日以上続くことは免れているので、これもまあよしということで・・・・

2008年08月07日

堕ちたパプ、消えたパプ

待たずに落ち・・・ミュウ様の乗せ芸(恐怖おののきつつ)nekoyaro369.JPG


待ち合わせ。何時にドコソコで・・・

一分一秒狂いがないのは、連れ合いの天才的特技であり、確実に10分は遅刻するのが私だ。
もちろんその気になれば、時刻は守れる。
会社にもギリギリのところで出社しているし、本社に出向くときなどは、張り切りすぎて一時間前に到着してしまう。
ただ、遊びとなるともうダメで、それでも首都圏のタイムテーブルであれば、電車は頻繁にやってくるから随分と助けられた。
待たされるのはやはりツライことだし、精神的にもよくないことだろう。
心を入れ替えて、約束の時間を守るようにしていたら、思わぬところにひずみが生じる。

待てばきっと『パプリカ』になると、各方面の方々に助言をいただいていた緑の物体。
いつかきっと赤く、或いは黄色くなると信じて待っていたのだが、椿の花がぼそっと散るようにして、パプリカは地面に吸い寄せられていた。
もしかして、地面に落下してから色が変わるのか?とも思ったが、食べてみれば味の違いがわかるのかも?という心の意見を尊重することにした。

・・・ズバリ『ピーマン』だった。ごつごつとした肉厚なピーマンだった。
しかも豊作なン。まいったにゃン。

2008年08月06日

モトソトVSイマソト

網戸密着シャア坊の、その訳は・・・nekoyaro366.JPG


昨年の今頃はなにをやっていたかというと、獅子唐の種をほじっていた。
ひたすらに、やみくもに、ただただほじっていた。
獅子唐豊作祈願をおこなったわけでもないのに、あとからあとから収穫できた。
種ごと食べるご家庭もあるだろうが、私は種ごと食べない家庭に生まれ育ったので、いまさら習慣をチェンジする訳にもいかない。
というわけで、ほじっていた。
ほじりながらも、黒猫の捕獲保護について頭をぐるぐるさせていた。

シャア坊は昨年、拙宅の門下をくぐった。
どこからやってきたのか、それはシャア本人しか知らないことだが、ガリガリのちっこい黒塊は、建物をぐるぐる周回し続けた。
人を嫌い、猫を好む。
そんなシャア坊を保護できたのは奇跡に近かったことだ。
実際、今でも人の姿を見ると逃げてゆく。
ただ、猫が大好きで大好きで仕方がないらしく、加減のないボディアタックで皆にすり寄る愛らしい一面を持っている。

そして今年もまた、シャア坊がやってきた窓辺に、見知らぬ猫が顔を出す。
『入っておいでよ~猫がいっぱいいるよ~』
そんな顔をしながら、シャア流の和みで窓辺はゆるい雰囲気にあふれている。


外猫さんに腹を見せて仲良しアピール・・・nekoyaro367.JPG


ランキング復活しました(*^ー^)/
↓ ↓ ↓ クリックしていただけると餅兵衛が喜びマス

ブログランキング・にほんブログ村へ

2008年08月02日

すねかじりの黒

nekoyaro368.JPG


うれしいことと、そうでないことは意外と同時にやってくる。

自動販売機でドリンクをかったら、一本分の代金しか入れていないのに、3本まとめて飛び出してきた。
なんか得したなぁ~なんて思っていた矢先に財布を落としたりして、逆に損する。
そんなことを布団に入って思い出していると、闇がうごめく気配がした。

この場合の闇とは、もちろん夜の暗闇のことでもあるが、鈴をつけている黒い物体も韻を踏んでいる。
冬場はまったく近寄らなかったシャア坊だったが、タオルケット一枚の足元にやって来ては添い寝する。
猫の体温は元来ヒトよりも少し高めで、密着すればするほどにじっとりと足もとがあたためられてゆく。
極寒での密着であれば、私は真にシャア坊をありがたいと思うのだけれど、蚊がうなり、じっとしていても玉のような汗がにじむ熱帯夜、複雑である。
それでも昼間の疲れもあってか、うつらうつらし始めたとき、向う脛に激痛が走った。
飛び起きた瞬間に、あしもとから黒いものが飛翔するのを、闇ながらにして確認できた。
そしてそのまま、意識もまた、闇に向かう。

翌朝、激痛を感じた箇所をみてみる。
爪によるものかと思っていたが、めくってビックリ、紫色に歯型がついていた。
私のエキスを吸い取ったシャア坊は、未来大物になることが出来るだろうか。やや心配だ。


ランキング復活しました(*^ー^)/
↓ ↓ ↓ クリックしていただけると餅兵衛が喜びマス

ブログランキング・にほんブログ村へ

2008年07月21日

ニセん円

腐ってもジャムさん・・・と言うと・・・噛みつかれる・・・nekoyaro361.JPG


あまり流通していないが、2000円札というものがある。
なんのためにあるのか、さっぱりわからなかったが、最近ようやく『なるほど』と思えるようになってきた。
先日訪れた郵便局のカウンターで、その決定的瞬間を目の当たりにした。
公共料金の支払いを終え、局員がお釣りを渡す際、客に向かってこう言ったのだ。
『お客様、2000円札がおつりに入りますがよろしいですか?』
まず、この確認がおかしい。
大体こういうときは、5000円札がない場合だ。
『細かくなってしまうが1000円でもいいですよね?ねっ?』といいつつ、レジの人やなんかはもうすでに1000円札を数えていたりする。
細かくなろうが、お金はお金だ。私はこころよく受け取る。受け取らざるをえない空気がそこにはある。
2000円札の場合はどうだろう。局員に見せられたお札を見て、客は堂々とこう言い放った。
『いやです』
イイですか?イヤです。といった受け答えは、確かに会話としては成立している。
が、あまりにもその客がきっぱりしていたので、私は正気を失いそうになった。

こういう呼びかけをしないと重篤な副作用でも起こるのか、その局員は私の番になっても、同じ事を繰り返した。
もちろん腐っても鯛、腐っても紫式部なのだから、こころよくきっぱりと受け取った。
帰り道、いつもの田中さんがいるスーパーに立ち寄り、件の局員の真似をしてみた。
『2000円札、混ざってもいいですか?』
田中さんの顔が一瞬だけ凍った。
まるでトランプゲームのジョーカーをひいてしまったかのごとく、表情には出さないが、顔面平滑筋が震えている。
お札であるけれども、ニセ札扱い。
今更ながら、おもしろいゲームが始まった。色々なところで試してみよう。
なんて遊んでいたら、卵と牛乳を買い忘れた、痛恨のアホな私。


その時のレジの人、こんな顔したんです・・・nekoyaro362.JPG


2008年07月19日

自由への寝相

チョビさんはイビキはかきませんが・・・nekoyaro357.JPG


快適かつ文化的な住居であれば、このような暑い日には空調機のスイッチを入れる。間違いなく。
ところが、私方には空調機の苦手な方が多く、いまだ活躍する姿を拝んではいない。
ではどのようにして涼を求めるのかといえば、ごくごく原始的な方法である。
両足がひたるほどの桶に水をはり、そのなかに素足を突っ込んで、『あ~ごくらくやねぇ~』と呟く。
そしてそのまま大江健三郎を読む。
ンなことでよく夏が過ごせるものだと、私はいたたまれなくなり、荷物をまとめた。
国家試験が間近にせまっているのに、このようなうだる部屋ではまったく身につかない。
気合い以前の問題なのである。
車を飛ばすこと20分、市の図書館自習室に腰をおろし、『あ~ごくらくやねぇ~』と呟く。
ところが事態は急展開する。
なんと自習室では、さまざまな人間模様が繰り広げられていた。
高校生とおもわれる彼氏と彼女が、廓と間違えているのか、うらやましいほどにいじいじとじゃれている。
机の上には赤本が置いてあったが、買ったばかりのように艶めいていた。
少し離れた場所では、引き揚げ軍人のような爺がペンを片手に書見している。
物書き渡世の爺なのかと、しばし眺めてみる。
己の帳面に書きとめておけばいいものを、ナント爺はスラスラと蔵書に線を引き始めたのだ。
認知なのか?不認知なのか?
私は目玉が飛び出るほど驚愕したままであった。にもかかわらず動悸の高鳴りをかき消すように、自習室の隅からイビキが聞こえてきた。
こうなるともうダメである。
私は荷造りをし、早々に自習室をあとにした。
帰り際、仲の良い館の職員に『引き揚げ軍人のような爺が、本に落書きしてましたよ』とチクり、なぜかしらブルーな気持ちになった。

結局のところ、うだる和室に帰り学習を始めたが、あまりの暑さに昏倒し、気づけば眠りこんでしまった。
『歯ぎしりスゴイね』と桶男にぼやかれ、なぜかしらブルーな気持ちになった。


寝相は大したものです・・・nekoyaroneo356.JPG